2012年03月05日

そこにあったのか

そこにあったのか


確かに、感触が、



 一年経ったんだな、と思ったのが、本当に、連絡を受けた一年後だった。だが会いに行ったのはまだもう少し先だ。
 あいつが引き寄せたものはなんだったのか、結局私は小説をものすることもできず、転勤という現実に紛れて過ごしている。
 震災があり、事故になり、妻子は避難した。

 切れた、ということばが沸き出した。あ、と、思ったときはもう遅い。
 完了形だった。切れていた。
 つなぎ目は見つからない。どこが切れたのか、とうにはじけ飛んで見当もつかない。結びなおすなんてできやしない。
「なんだかわかんなくなっちゃったねえ」
 『アイデン&ティティ』をもう一度観たいな。彼のあの、呆けた表情。だったら銀杏BOYSの映像でもいいのかな。そういうわけじゃないのかな。そんなことを考えながら、身体の内側からなくなっていく自分を持て余した。
 土砂降りの雨の中、自転車で帰途を行く。カッパを来ていても、フードをかいくぐり顔を濡らしていく。
「もう嫌になっちゃうよねえ」
 大したことじゃないのにこんなんなっちゃってどうすんだよ。
 雨は冷たい。

 何かを飲み込んだ。

 つぶやいた。
 一つの言葉を何度か放っていた。
 言葉がそれに続いた。続いた。続いた。繰り返した。
 これだ。いける。
 書ける。
 あいつだ。あいつと、あいつだ。あいつも来る。表と裏と、もう一枚だ。
 帰り着いて、リュックサックを放り投げ、ノートを取り出す。
 テーブルのボールペンは、ええいつかない!
 引出から出して、急いで書き殴った。かすれないうちに、力任せ。
 やっぱり欠落なのか、と、この時思った。この状況、あの言葉、喪失。結局求めるところはそこなのか。
 足元に、あった。踵に感じる、この感触。懐かしさ。
「そこにいたんだね」
 せせらぎか、淀みか。
 私は言葉の澱に手を突っ込むことにした。
 切れたまんま。からっぽのまんま。

タグ :着想

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Posted by ギマ at 22:01│Comments(0)散文
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